まず知ることから。障害にかかわらず人間関係で大切なこと。 「音楽とともにハンディキャップを考える」を取材して。

Blind Judo
トーク中の初瀬勇輔さん(左)、金子渚さん(右)

去る6月14日 八丁堀にあるSHINKA HALLにてピアニストの金子渚さんの企画で『音楽とともにハンディキャップを考える』という音楽会が開催された。満員の観客が金子さんのピアノと語り、ゲストの講演に聞き入った。
この公演は、金子さんのピアノ演奏と彼女と親交の親交のある著名人による講演で構成される。ゲストは彼女のピアノの生徒でもあるパラリンピアン、NPO法人日本視覚障害者柔道連盟 会長初瀬勇輔さん。今回で4度目のこの企画について、金子さんは「皆様への啓発活動、問題提起であると同時に、私の周りにいる素敵な人をお客様方にご紹介したいというイベントでもあります」と語っている。音楽とパラスポーツに関わってきた筆者にとっても多くの気づきと学びのあるイベントだった。

ホールは各部屋に防音室を備えた賃貸マンションの地下にあるSHINKAホール。ベヒシュタインのピアノが置かれている。

なぜこの企画に注目したか

筆者は大学時代に男声合唱団に所属し、就職後も市民オペラの合唱やソリストとして年に一度は舞台に立っている。金子さんとは幾つかの団体で伴奏をお願いしたご縁がる。また、初瀬さんとは2023年にバーミンガムで開催されたIBSA World Gamesで、彼が日本選手団の団長をされて際に現地でインタビューさせていただいた(参考記事)。そうした個人的なご縁もあり今回取材した。

公演の構成

月光を演奏する金子さん


公演は二部構成。前半はバッハ、ラヴェル、シューマン=リスト、フォーレ、ファリャなどのピアノ曲から1楽章を取りあげ、初瀬さんとのお喋りを交えて進行した。後半は初瀬さんの講演のあとベートーヴェンのピアノソナタ第14番『月光』で終わる構成だ。シューマンが精神疾患、ベートヴェンが難聴に苦しんだことは有名な話だが、他の作曲家たちもまた健康上の困難を抱えていた。バッハも晩年、糖尿病による視力低下や脳卒中でほぼ全盲状態だったと伝えられる。ラベルは晩年、失語症に、フォーレもうつ病、60手前で聴覚障害(高音と低音のピッチが本来と違って聞こえる)と闘いながらパリ音楽院の学長を勤めた。ファリャも聴覚障害で飛行機のエンジン音くらいの音でないと聞こえなかったという。こういった背景を知った上で聴く演奏は、金子さんの表現と相まって新たな発見に詰まったものだった。

ハンディキャップを考える

初瀬さんの見え方(中心視野が見えない状態)を観客と試すお二人。

前半のトークでは、日本の障害者受容の変化について初瀬さんが語った。特に印象的だったのは、「障害者にとってめちゃくちゃ住みやすい国だ」という点だ。特に日本の交通システムと移動における手厚いサポート、点字ブロックなどインフラ面の進歩を例に挙げた。心の面についても、Tokyo2020の開催決定をきっかけに「障害者」の社会的な露出が増えたことが大きな影響をあたえたという。
ヨーロッパでは、「街中での声かけ、助け合いなどでの健常者と障害者の心理的な壁がひくく、インフラがなくとも例えば、車いすの方をみんなで抱えて階段を降りるなどが普通に行われている。一方で日本人は最初の一声がなかなかでない」と指摘する。「インフラは最先端に近く、心理的距離の面を含めて、ちょうどいいバランスではないか」と語った。

パラリンピックの父、ルートビッヒ・グッドマン博士の言葉を紹介する初瀬さん。

後半では、約30分にわたる初瀬さんの講演とQA。初瀬さんは、中学で柔道を始め、高校、大学と続けるなか、大学2年生の終わりに緑内障を発症。弁護士を目指していたが、「仕事は何をするのか、社会の役に立つことがあるのか不安になった」という。そんな中でパラ柔道に出会い、「自分の状況に慣れ、受け入れられるようになった」と語った。
パラ柔道は組んだ状態で開始するので、耳だけでなく手から入る情報も活用する。「失ったものを数えるな、残されたものを最大限活かせ」。初瀬さんはこの言葉を「パラスポーツをする人だけではなくて、いろんな人に当てはまる言葉なんじゃないかなと思います。『失ったもの』っていうのを『持っていないもの』と読み替えると誰にも当てはまる」と語った。
講演の最後に「障害の考え方が個人モデル(障害は個人の側にあり、個人の努力で解決されるもの)から社会モデル(障害は社会の側にあり、社会の変化で解決されるもの)に変わってきている」ことを指摘した上で、「知らないと怖い、距離ができてします。まず知っていただくことから」と語り、「障害のあるなしに関係なく、人間関係では知っていこうことが大事だと思います。」「面白そうなやつだなとおもったらぜひお友達になっていただいてそこから一緒に酒でも飲むともっと楽しくなっていきます。みなさん、ぜひ僕とも友達になっていただきたい」と明るく締め括った。

最後に

『月光』の演奏を終えて拍手を受けながら。

この日演奏された曲は筆者にとっても馴染み深く、自ら演奏したことがある作曲家もあった。彼らの背後にあった苦労を知るという学びが多いものだった。また、初瀬さんの話を通じてパラスポーツの奥深さ、障害者と社会について改めて学ぶことができた。「知ること」の大切さを痛感する一時だった。初瀬さんの飾らない明るさに触れ「一声踏み出すこと」lの大切さを再確認したコンサートだった。ご興味をもたれた方はぜひ金子渚さん、初瀬勇輔さんをチェックして欲しい。

金子渚さん
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ピアノ教室パミエ

初瀬勇輔さん
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NPO法人日本視覚障害者柔道連盟

*音楽とともにハンディキャップを考える
日時 2025年6月14日(土)
開場 13:30
開演 14:00
料金 4,000円
会場 SHINKAホール 【京葉線八丁堀駅より徒歩3分、茅場町駅より徒歩9分】
ピアノ 金子渚
ゲスト 初瀬勇輔

*プログラム
イタリア協奏曲 第1楽章 バッハ
ボロディン風に ラヴェル
夜想曲 第2番 フォーレ
献呈 シューマン=リスト
『恋は魔術師』より「火祭りの踊り」 ファリャ

休憩

初瀬勇輔さんによる講演
ピアノソナタ第14番『月光』 ベートーヴェン

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